365 Days of Experiment

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虐待、家系カルマ、流しそうめん(2):私の背景と、回復への大まかな流れ

こんにちは。
今日は前回の記事の続きです。簡単に私の背景と、「虐待」のトラウマからの回復への大まかな流れです。(もうちょっと先まで行きたかったけど、長くなってしまったので、次の記事と分けます・・・)
それでは、どうぞ!


<まず背景を簡単にお話し>
すいません、いきなり暗い話になりますが、私は5歳くらいから、家族から日常的に罵声とパンチを浴びせられてきた背景があります。小学校中学年にもなると親の発言や暴力に反抗しまくり&(体格だとまだ勝てないので)超音波のような声を出して無理やり止めようとしたりwwwしていたので、親からは完全なるキ●ガイ認定をいただいていました( ^ω^ )

そんな激しい私ですが、カンの良い方ならお察しかと思いますが、内面はボロボロに傷ついていました。8歳くらいから「死にたい」と思い始め、10代〜20代前半まではほぼ毎日思ってました。
理由は、そんな暴力まみれな日常で楽しいはずがないというのもありますが、目の前の惨状をすべて自分のせいにしていたからです。
「親にも愛されていない自分はどこかおかしいに違いない」
「暴力をふるわれるのは自分が悪いからだ」
「自分が死ねば親は幸せになるはずなのに、自殺する勇気のない自分は情けない」
・・・etc etc
外見上の反抗的な態度とは裏腹に、そして暴力に対する激しい怒りと矛盾するようですが、本気でそのようなことを日常的に考えていました。

「子を愛していない親はいない」とマントラのように唱えられている世の中で、親にも喜ばれない存在の自分が他の人に喜ばれるなど、若い頃の私は想像だにしませんでした。

※余談ですが、このような無価値感から、10代の頃は自分の性を切り売りしないと愛を得られないと信じてました・・・数ヶ月前のバーガーレコーズの記事にもつながることですが・・・辛たん・・・( ノД`)

※なお、「子を愛していない親はいない」&「子のためを思えばこそ」というマントラは多くの未熟なだけの大人の隠れ蓑になっていると思うので、個人的には消滅していただきたいです。辛口すません・・( ^ω^ )


そんな訳で「死にたい」という願望と、前回の記事で書いた「私は絶対にこの連鎖を止める!!🔥ゴオオォォォォ」(=人が虐待してしまう原因を追求し、これを自分の中から根絶し、絶対に幸せに生きる)という決意・・・という、真逆の2つのベクトルを内面に抱えながら、10代〜20代半ばを過ごしたのでした・・・。


<「死にたい」毎日から徐々に立ち直っていった大まかな流れ>

は、以下のとおりです。

1. 音楽を聴くことにハマる(14才くらい)
2. 楽器の演奏を始める(16才くらい)
3. 大学生になって家にいる時間が減り、ちょっとだけ楽になる(18才くらい)
4. 作曲を始める(22才くらい)
5. 実家を出たことにより、怒鳴られる機会が激減(23才くらい)
6. 音楽活動を始めてから知り合った・関わった人たちに信じられないくらい優しくされる(22才くらい〜今までずっと)
7. 死にたい願望を克服して幸せになりたくて、心理学やスピの本を読みまくる(23才くらい〜)

ここで小休止。
私が立ち直っていくウルトラ長いジャーニーの中で、音楽がいつも大切だったことには疑いがありません。ひどい言葉を浴びせられても、殴られても、音楽を聴いているとスーーーっと痛みが消えていく・・・スーーーーーーー

どんな感情にも居場所があるのが、音楽の本当に素晴らしいところだといつも思います。ネガティブなレッテルを貼られがちな暗い感情も、音楽で表現すれば素晴らしいアートになる。(名指しで書いたりしなければ)誰を傷つけることもない。

そして、主に音楽活動を始めてから関わった音楽好きな人たち、アーティストの人たちは、本当に優しくて自由で、偏見・決めつけ・断罪・罵声・暴力に溢れたヘル出身の私からすると「・・・え、こんなに優しくしてもらっていいの・・?」な感じでした。(今も、割とw)

そんな感じで過ごしているうちに徐々に回復していったのは間違いないですが、この時点(20代半ばくらい)では、まだやっぱり毎日家に一人でいると涙が出てこない日はなかったし、「死にたいなぁ・・・うるる」と思う日もまだありました。また、自分がそういう不安定な状態である以上、子供を産んだりしたら自分も何かの拍子で虐待してしまうのでは、という不安も消えませんでした。

そこから「いや、これ恐らく私もう大丈夫だな」と思える、いわば自分の中での(たぶん)「完全克服」に至るのに重要だったのは、意外にも・・・・プチDV彼氏と付き合ったこと、その中から学んだたくさんのことが、めちゃくちゃ重要だったのではと思います。

決定的に立ち直ることに繋がった流れ↓
8. プチDVさんとの関係から色々学ぶ(28才くらい〜)
9. プチDVさんとお別れ(32才くらい)
10. 親と会うのをやめる
11. ボロボロだけど、とにかく自分を大切にすることを実践する
12. なんか自分を大切にすることに慣れてきた
13. 自己否定、罪悪感、恥、迷妄を取り去った向こう側にある「ほんとうの自分」をガシっと掴む。(今年)
14. 掴んで離さない。
15. 完全に克服、できたのでは!!(35才・・・)

13才のときに「克服する!」と決めてから、実に20年以上もの歳月が流れました・・・長えぇぇぇぇ・・・w

では、次の記事で、私がその関係から何を学んだのか、暴言・暴力をはたらく人に見た共通点、そして回復に繋がった流れの本質はなんだったのか、ということを書きたいと思います。

(やっぱり長くなってしまいますね〜・・ 流しそうめんの下りへの道のりは遠いですwww)



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