365 Days of Experiment

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音楽、料理、生活、創造に関するブログです。ユルブログです。ゆっくりしていってください。

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虐待、家系カルマ、流しそうめん(1):私が連鎖を断ち切る決意を固めた日

こんにちは。
今日から数日「虐待、家系カルマ、流しそうめん」というタイトルで数編から成るシリーズをお届けしたいと思います。

これまでの自分の人生の大きなテーマであった「虐待」から学んだレッスンをダイジェストでお伝えし、"人類の知恵アーカイブ"にささやかな情報を寄贈する気持ちで書きたいと思います。また、暴力とは無縁の人生で、まったく共感も理解もできないという方におかれましては、エンターテイメント・・と言ったら言葉は悪いかもしれませんが、「へーこんな人もいるんだな」くらいな感じで読んでいただければと思います。(面白みがあるかは不明ですがw ところで、暴力とは無縁の人生、尊いです。大切にされてください🌿)

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突然ですが、今から二月ほど前、10月頭頃でしょうか。私の心には、勝利のラッパが吹き荒れてました。まじで、天空の雲が割れ、天使がわさ〜っと降りてきて「おめでとう!!」と言ってくれているような祝祭ムードが、勝手に私の心の中で繰り広げられていました笑。それが1週間ほど続きました(そして、急に終わりを告げた・・下りは、別の記事で書きます)。

なぜかと言うと、ついに、ついに、ついに・・・!子供の頃から戦ってきた虐待のトラウマを「完全に」克服した、と強く感じたからです。

「完全に」とは、どういうことかと言うと、自分の心の傷が癒えている状態であるのはもちろんのこと、自分が虐待を繰り返さないという確信を持てた、ということです。


「虐待は連鎖する」と、世の中では良く言われます。自分が通ってきた苦しみを、人にも与えてしまうかもしれないというのは、私の人生において最大の恐怖でした。そして、私には実際に「自分もそうしてしまうかも」と感じたできごとがありました。

それ自体は、他愛もないできごとだったのですが・・
親に怒鳴られた自分が嫌な気持ちになって、大切な人に八つ当たりしてしまい、その人がさらに別の人に八つ当たりしているところを見てしまう、ということがありました。
※12/1編集 ごめんなさい!プライベートな情報を含んでいたのでこの段落は編集しました。何があったかちょっと曖昧でぼんやりした感じになり、すみません!

「暴力が連鎖する、虐待が連鎖するとは、このことか・・・・・・」と思い、その日、私は「虐待の連鎖は絶対に自分の代で止める」という決意を固めました。
それと同時に、それを克服できたと確信できるまで、結婚や出産はしないという決意も、心のどこかで固めてしまった気がします(白目)。

そこからは、日々浴びせられる暴力・暴言に対する激しい怒りと、それと同時に感じる強い自己否定や「死にたい」願望と向き合い、理解しよう・克服しようとチャレンジしては挫折し、絶望し、でも諦めずまた向き合い、ちょっとずつ、ちょっとずつ前進していくという、くそ長い・・・くっっっっっっそ長いジャーニー(白目)の連続でした。


その長い長いジャーニー・・()の末に、「克服できた」と感じられたのは、自分にとって大きな区切りであり、まじで・・・・・・ヴィクトリー・・・w な感じだったので、心にラッパが吹き荒れてました笑。高揚感はもうなくなりましたが、納得した感覚は今でも変わっていません。

ちなみに、親との関係が未解決なまま(納得いっていないまま)でも、ご自身は若くから幸せな家庭を築かれている方もたくさんいらっしゃると思います。簡単に言ってしまえば、「親は親、自分は自分」と分けられてさえいれば、問題ないのです。ただ、私は慎重派な性格?ネチネチした性格?笑からか、自分の中で納得するのに非常な時間がかかってしまいました。また、逆にもっと時間がかかる人もいるのではないかと思います。人それぞれですね・・。

次の記事では、私がどうやって虐待のトラウマやそこからくる自己否定から抜け出したか、と、私が暴力的な人々に何を見たかについて書きたいと思います。


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